がん悪液質(あくえきしつ)とは、がんの病状に伴い体重減少や食欲不振に伴う栄養不足、筋肉の喪失による全身の衰弱などを特徴とする合併症で、進行したがん患者さんに多くみられる症状です。
がん悪液質の症状や影響は、がんの種類や進行度(病期)、治療方法によって異なりますが、肺がん(非小細胞肺がん)や膵臓がん、食道がん、胃がん、大腸がんなどの消化器がん、多発転位などで高頻度に発症します。
持続的な炎症や内分泌系や代謝系、免疫系などで異常が起こり栄養状態が悪化し、体を動かすための「骨格筋」量の減少をもたらします。これは体力の低下、身体の弱体化につながります。
がん細胞から過剰に産生される「炎症性サイトカイン」「インターロイキン6」などにより、代謝異常になるため筋肉を構成するタンパク質がアミノ酸に分解されさらにブドウ糖に分解され血中に入りがん細胞のエネルギー源になるので、がん細胞の増殖、増悪の誘因になります。
さらに、肝臓で作られるヘモグロビン量が低下して「がん性貧血」などの悪影響を引き起こす原因となっています。炎症により減少するエネルーギ源は脂肪を分解して体力の補充をしています。
悪液質の本質
悪液質の本質は、がんによる全身性炎症反応が、体重減少や栄養不足を引き起こす一因となります。さまざまな種類の炎症性サイトカインが受容体を介して細胞内へ情報が伝達され、インターロイキン6などにより炎症状態になります。がん悪液質によって代謝異常になり筋肉量が減少していき、食事以外の栄養介入(カロリー補給)をしても悪液質は緩和されません。
※サイトカイン(主に免疫系細胞から分泌されるタンパク質)はインターロイキンや腫瘍壊死因子(TNF)などがあり、がん細胞の増殖抑制も担っています。
※インターロイキンは、免疫に関与する細胞(主にヘルパーT細胞など)から分泌されるサイトカインでさまざまな部位における免疫応答を活性化させます。悪液質になると過剰に活性化します。
※TNF(tumor necrosis factor)悪性腫瘍に対して出血性の壊死、炎症を誘発させる因子 (炎症性サイトカイン)
がん細胞の異常な増殖により、体内の代謝プロセスが変化し、栄養が効率的に利用されなくなることがあります。
治療の副作用
放射線療法や化学療法(口腔粘膜障害、下痢や悪心など経口摂取に影響を与えます)の治療の副作用として食欲や栄養の吸収に影響を与えることがあります。
悪液質は心臓や呼吸器の慢性疾患、慢性の感染症 など、がん以外の病気にも見られるので、がんを原因とするものを、がん悪液質(cancer cachexi)と呼んでいます。
消耗性症候群
病変の進行状態、患者さんの要因も関係してくるためがん悪液質の進行度はさまざまです。がん悪液質はがん治療の一環として考慮され、栄養指導、運動プログラム、薬物療法、心理的なサポートなど取り入れてきましたが、がんで亡くなる方の3分の1近くは、がん悪液質と呼ばれる消耗性症候群が原因の可能性もあります。
【目次】
がん悪液質(あくえきしつ)
がん悪液質(カヘキシア)の原因と症状
薬物療法で悪疫質が改善
がん悪液質(カヘキシア)の原因と症状
悪液質(カヘキシア)は3つの連続したステージに分類できます悪液質(カヘキシア)の原因は、次第に解明されつつありますが、未だ不明な点も多いです。がん悪液質の分類は十数年前に決まりました。その前には明確な診断基準はありませんでした。悪液質による症状の食欲不振、炎症、筋肉の減少など診断基準を作成することが困難だったからです。
がん悪液質は、今では進行度により、軽度の体重減少から明らかに筋肉が落ち、治療に反応できなくなる状態まで「前悪液質」「悪液質」「不可逆的悪液質(進行性)」の3つの連続したステージに分類できます。
「サルコペニア」は加齢に伴って筋肉量や筋力は減少することです。平均的なサルコペニアによる影響を超えて減少量が多い場合「がん悪液質」を疑いますが筋組織の減少を特徴とする「代謝障害症候群」であるため従来の 高カロリー輸液などの栄養サポートだけでは改善することが困難です。
サイトカイン(TNF)は、感染症(ウイルスや病原菌)を抑えがんの発生を未然に防ぐ免疫システムの細胞間の情報を伝達する役目を担った物質です。タンパク質分解誘導因子の関与や神経内分泌系の異常によりがん細胞と、正常細胞からも何種類もの「炎症性サイトカイン」が過剰に産生・分泌されて慢性的な炎症と代謝異常を引き起こします。
脳の食欲中枢に作用し、食欲を抑えることもあり、肝臓に作用して栄養を保てなくさせる働きもあり食欲不振や体重減少に繋がります。
腫瘤から産生される炎症性サイトカインはタンパク質を分解する酵素を分泌し、筋肉のタンパク質はアミノ酸、ブドウ糖に分解されてしまいます。代謝異常状態がタンパク質の合成を減少させ、さらにタンパク質の分解が増加します。
がん性貧血:血色素(ヘモグロビン)濃度が低下し貧血(酸素運搬容量の減少)などの症状が認められます
肝臓で作られるアルブミンの生成を抑制します。アルブミンは血液中の水分(タンパク質、脂質など)を血管内に保持する働きがあり、不足すると血液の浸透圧の維持が保てなくなり血管内から栄養源である水分が漏れ出します。最初は足などにむくみ症状が出る場合もあります。胸水、腹水の要因にもなっています。
がんができた部位から出血が起こることによって貧血になることもありますが、赤血球のもとになるタンパク質、鉄分、ビタミン類などが十分に摂取できなくなり、鉄からヘモグロビンを合成する作用も低下しますので「がん性貧血」が進行します。 抗がん剤などの化学療法の治療をすると、副作用として骨髄内の血液細胞をつくるはたらきが低下してしまう骨髄抑制があますので「がん性貧血」は見極めが必要です。
がん悪液質が進行してくると酵素の働きを抑制するため体力低下が顕著になります。 ヒトの体内には、数千種類もの酵素があり消化や吸収、代謝など、体の中のあらゆる反応の調整がうまく行かなくなり、そのため薬剤の分解能力も低下します。
血液製剤の輸血
がん組織や抗がん剤などにより血液の成分である赤血球や血小板、凝固因子の血漿(けっしょう)をつくることができなくなることがあり、 貧血症状や出血しやすくなったりします。適応となる基準値を満たしていることをあらかじめ確認し白血球を除去した血液製剤(赤血球製剤、血小板製剤、血漿製剤)の輸血をします。
トルソー症候群
がん細胞が分泌するムチン(内腔の表面に分泌されている粘度を高める物質)やサイトカインなどの影響で血液の過凝固性が上昇して血液がドロドロの状態になり、 血栓を作りやすい傾向になることもあります。体中のあらゆる場所に血栓(静脈血栓塞栓症)ができる可能性もあり、 血栓が脳血管に塞栓すると脳梗塞、脳卒中を起こします。
血栓を作りやすい傾向のがんとして肺の腺がん、膵臓がん、子宮がん、卵巣がんなど知らされています。 脱水状態が続くと血液の過凝固性が上昇しトルソー症候群になりやすくなります。 治療は抗凝固薬(飲み薬のワルファリンなど)で対処します。脱水状態にも注意します。
薬物療法で悪疫質が改善
がん悪液質によって高度に減少した筋肉量を根本的に回復させることは難しく、悪液質に対する栄養摂取、薬物療法、血液製剤の効果は限定的でした。
治療法開発に向けた取組みは今までもありましたが、がん悪液質の標準治療もありませんでした。2021年1月に に世界初のがん悪液質治療薬アナモレリン(商品名 エドルミズ錠®)が日本で、製造販売承認を取得しました 適応となる患者さんは、切除不能な進行・再発の非小細胞肺癌、胃癌、膵癌、大腸癌のがん悪液質が対象になっています。
筋力の有意な増加は見られませんでしたが食欲を導く消化管ペプチドホルモンで胃腸の動きがよくなり、体重減少の改善、骨格筋の増加が期待されています。それでも薬物療法だけでは,十分な効果を得られないので、,栄養療法や運動療法を組み合わせます。
がん悪液質は体重減少と食欲不振といった典型的な症状に加え,薬物療法の効果 を弱め、副作用の毒性の増強もあります。
前からがん治療においては、栄養管理が大きな課題になっていました。がん悪液質を早い段階で改善、進行させないようにすることでこれまで治療を中断せざるを得なかった患者さんが治療を継続できるようになれば、予後の改善につながっていく可能性があります。
がん悪液質で体力が衰弱している状態から体力が元に戻っても、治癒を維持できない状態であれば、抗がん剤治療も副作用との闘いに時間を費やされてしまう場合もあります。 抗がん剤の副作用とのバランスも考えましょう。
がん治療の現状 手術(外科療法)ベネフィット(利益)がある抗がん剤治療は、がん特有の遺伝子が変異したがん細胞特有なタンパク質の発現が同定され、その変異を薬剤(分子標的薬、免疫チェック阻害剤など)が認識できる治療でないとベネフィットは少ないです。固形がんの再発・転移は、抗がん剤治療で治癒に至ることはほとんどありません。抗がん剤治療の実状を鑑み、抗がん剤治療は選択しない患者さんもいます。